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神戸地方裁判所 昭和41年(わ)630号 判決

被告人 許丕奮

主文

被告人は無罪。

理由

(公訴事実および罪名、罰条)

被告人は中国人で、中華民国政府発行の旅券を所持するものであるところ、その在留期間は昭和四一年一月二四日までである旨その旅券に記載をうけているのにかかわらず、右期日までに出国せず、同年四月三〇日に至るまで、神戸市生田区山本通一丁目三六番地許明栄方等に居住し、もつて旅券に記載された在留期間を経過して本邦に残留したものである。

出入国管理令違反 同令第七〇条第五号

(当裁判所の認定)

被告人は中国(台湾)人であるが、神戸市生田区山本通一丁目三六番地に居住している実母許明栄の看病のため、台湾基隆港から乗船し、昭和四〇年七月二八日神戸港に入港、同日入国審査官より在留資格四-一-四(出入国管理令第四条第一項第四号、観光客)、期間六〇日(同年九月二六日まで)の許可を得て上陸した。

そして、右実母方等でその看病にあたつていたが、病状がはかばかしくなかつたので、在留期間更新許可申請(同令第二一条)をした結果、同年一〇月一二日付で期間六〇日(同年一一月二五日まで)の許可を得、さらに第二回の在留期間更新許可申請をして同年一二月二日付で期間六〇日(同四一年一月二四日まで)の許可を得た。

ところが、前同様の事情から、同四一年一月二二日第三回の在留期間更新許可申請をしたのに対し、同年四月二〇日神戸入国管理事務所より右申請については不許可と決定された旨の通知を受けた。

ついで、同年四月二二日同令第二四条第四号(ロ)「旅券に記載されたる在留期間を経過して本邦に残留する者」に該当する容疑者として入国警備官の取調(同令第二九条)を受け、その際、一週間以内に退去すべき旨勧告されたが、在留許可を求めて残留した。なお、被告人、その親族および知人らは同年二月ごろから数回に亘り、前記の事情を理由として法務大臣宛に在留許可の嘆願書を提出していた。

しかるところ、被告人は、同年四月二八日前記容疑者として身柄を収容(同令第三九条)されるに至つたので、仮放免の請求(同令第五四条)をし、即日これが認められた。

さらに、同年五月九日入国審査官より同令第二四条第四号(ロ)に該当する旨の認定通知(同令第四七条)を受けたので、前同様の事情から異議ありとして、直ちに口頭審理の請求(同令第四八条)をしたが、同年六月一七日特別審理官による口頭審理の結果、即日前記認定には誤りがない旨の判定がくだされた。

そこで、右判定に異議ありとして、法定の手続に従い、法務大臣に対する異議申立(同令第四九条)をした結果、同年八月二三日付をもつて在留期間を同四一年八月二六日から同四二年八月二六日までとする在留特別許可(同令第五〇条)を得た。

以上の事実は、被告人の検察官に対する供述調書、被告人の入国警備官に対する供述調書謄本、当公判廷における証人李文振の各供述、入国警備官作成の在留許可写、不許可処分連絡書謄本、嘆願書綴および各嘆願書(いずれも写、以下同様)、パスポート、外国人登録証明書、不許可通知書、仮放免許可願書、仮放免許可願理由書、認定通知書、口頭審理期日通知書、判定書、不服理由書を総合してこれを認めることができる。

(当裁判所の見解)

一、本邦に在住する外国人は、出入国管理令第二一条によつて、法務大臣に在留期間の更新許可を申請することができるのであるが、その不許可の決定に対しては法令上何ら不服申立の方法が認められていない。

しかしながら、在留期間更新不許可の結果、当該外国人に対し、同令第二四条第四号(ロ)「旅券に記載された在留期間を経過して本邦に残留する者」に該当する容疑者として退去強制の手続がとられた場合には、右外国人は、まず入国審査官による前記該当者との認定に対して口頭審理の請求ができ、口頭審理の結果くだされる特別審理官の判定に不服なときは、さらに法務大臣に対して異議の申出をすることができる。

そして、同令第五〇条第一項によれば、法務大臣は、右の異議申出に理由がないと認める場合でも、当該容疑者につき特別に在留を許可すべき事情があると認めるときは、その者に一定期間の在留を許可することができるのであつて、同条第三項により、右の許可は、身柄を収容されている容疑者の放免に関し、異議の申出が理由ある旨の裁決とみなされている。

したがつて、本邦に在留する外国人が所定の在留期間をこえて、さらに在留を希望する場合、前叙のとおり、在留期間の更新が許可されなかつたとしても、退去強制処分に対する不服申立の方法によつて、右の希望が叶えられる方途が法令上残されていることとなる。

二、ところで、被告人の場合、前認定のとおりの経過をたどつて、法務大臣の在留特別許可を得たものであるが、その求めるところは終始同一の理由による一定期間の在留許可であり、そのために行使した手段はすべて法令に従つてなされた適法な手続を重ねたものと認めて差しつかえない。

もつとも、同令施行規則第二〇条第一項によれば、在留期間更新許可申請は在留期間の満了する日の一〇日前までにしなければならないことになつており、被告人の第三回在留期間更新許可申請は在留期間満了の二日前に出されたものであつて、右の規定には反しているが、神戸入国管理事務所において右申請を受理するに際し、格別この点を問題にした形跡もなく、現に右申請に対する不許可の決定は申請後約三か月を経過して漸く本人に告知されているのであるから、前記申請の遅延を非難するのはあたらない。

三、そこで、被告人の罪責について考えてみるに、本件公訴事実によれば、旅券に記載された在留期間は昭和四一年一月二四日までであるのに同年四月三〇日まで不法残留したものとされているのであるが、前認定のとおり、被告人は同年一月二二日適法に第三回の在留期間更新許可申請をしたのに対し、同年四月二〇日に至つて漸く不許可の通知を受けたものであつて、その間被告人が本邦に残留したことは、むしろ当然であり、何ら不法なものではない。すなわち、在留期間の更新許可申請を認める法令自体、その許否の決定通知まで当該外国人の残留を予定しているのであるから、刑法第三五条の趣旨に徴し、右決定告知が遅延した結果生じた前記残留には違法性がなく、罪とならないこと明らかである。

つぎに、同年四月二一日以降同月三〇日までの残留について、被告人の罪責を検討する。

なるほど、被告人は、前認定のとおり、同年四月二〇日更新不許可の通知を受けた以上、爾後の残留は法的根拠のないものであり、しかも、同月二二日同令第二四条第四号(ロ)該当の容疑者として取調を受けるに及び、入国警備官より一週間以内に退去すべき旨勧告されたにもかかわらず、なおも在留許可を求めて残留したのであるから、一見不法残留したもののごとくである。しかしながら、退去強制処分を受けた在留外国人がその当否をめぐつて、法令で認められている不服申立のために残留することは、明らかに不服申立権の濫用とみられる特別の場合を除き、違法性を欠くものと解されるところ、前認定の経緯からみて、被告人が第三回の更新不許可の通知を受けた日に、即日前記容疑者として退去強制処分に付されたものであれば、もとより直ちに法定の不服申立を重ねたであろうことは明白であつて、その場合には、不服申立のための残留となり、法的根拠を欠く前記のような残留期間の生じる余地は全くないのである。それのみならず、爾後の適法な不服申立の結果、実質上その主張が容れられたと同然の在留特別許可を受けている点を併せて考慮するならば、前記の残留が法的根拠のないものであるからといつて、直ちにこれが違法なものであるとすることはできない。すなわち、被告人の前記不服申立の理由は、従前在留期間の更新許可を申請した理由と全く同一であつて、母親の看病のため一定期間の在留許可を求めているものであるところ、これに対する法務大臣の裁決は、在留期間更新の形式によつてこれを認めることはできないけれども、特別の事情ありと認めて一定期間の在留を許可するというものであつて、その形式は異なるが、実質的には同一の事情を考慮した結果、期間の点ではむしろ被告人の利益をはかつて、裁決時の三日後より向う一年間の在留を認めたものであるから、前記の残留を違法視することは、右在留特別許可の趣旨にそう所以ではない。ちなみに、前掲不許可処分連絡書(昭和四一年四月二〇日付、神戸入国管理事務所審査第一課長の同所警備課長宛文書)の備考欄には、付記事項として「在留許否については別途五〇条により検討相当」と記載されてある。

要するに、被告人の前記残留の動機、目的およびその態様が前認定のようなものであつてみれば、渉外政策上あるいは在留外国人の管理上、不法残留を処罰しなければならない立法目的に照し、かつまた法秩序全体の見地からこれを判断すると、右残留に実質的な違法性を認めることは到底できないので、刑法第三五条の趣旨に則り、罪とならないものとする次第である。

以上説示のとおり、本件公訴事実は犯罪を構成しないものであるから、刑訴法第三三六条前段により被告人に対して無罪の言渡をすべきこととなる。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 三好清一)

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